エピローグ



 そのちょうど二時間後に近隣からの通報で駆けつけた警察によって勇一と真由の二人は無事保護される運びとなった。なんと、その頃には二人は大声で言い合いをしていた。
「そんくらい言わないでもわかってくれよ!」
「はぁ? 私は超能力者じゃないんだよ、言ってくれなきゃわかりません!」
 てな具合に。泣きながら。血だらけで。
しかし、病院に運び込まれるやいなや二人とも夢なんて一切見ることなく、ぐっすりと眠った。精神的に相当参っていたのだろう。真由は二日間、勇一にいたっては三日半も目が覚める事はなかった。

結局勇一は罪に問われる事はなかった。
その後、勇一と真由は別々の高校に編入し、それなりの生活を送っている。
あの事件のせいか、二人は喧嘩ばかりで何度も別れそうになったが、それでもズルズルと、仲良く付き合っている。求め合うというよりは、お互いがいないと駄目になってしまう、そんな関係だろう。その善し悪しについてはきっと他の誰かが論ずる事ではないのでここでは割愛させていただく。
シューティングスターシンドロームについては八月一日の夕刊で、
“死者、百三十八人!! 近代日本での最大の惨事”
と早くも騒がれた。もちろん十年前の集団自殺との関連も浮かび上がり、お祭りのようにテレビや雑誌は賑わった。もちろん勇一と真由はその生存者として警察の事情聴取、マスコミの人権を無視した取材に追われた。
しかし、そんなことは勇一たちには興味がなかった。警察に自分たちが見た、聞いた、体験した全てを思い出しうる限り話し、あとは黙した。その理由は勇一たちにだって結局は何がなんだかわからなかったし、すでに新しい生活を始めていたのだ。そして、何より、生きるという事に必死だった。酷い体験をしたぶん何倍も頑張らなければならなかったからだ。
ともかく二人は激しくお互いを罵り合いながらも、優しく抱き合う日々を送っている。

――そして、一つだけ物語の中で語られていないことが残っている。
あの時のトーマのセリフ“俺はよく頭痛がしたのだ〜〜”のくだりについてだ。
それを説明するにはこの物語で語られていないほどの過去に遡らなければならない。
勇一たちのクラスメイトが流れ星に見立てられて命を落とした事件、真シューティングスターシンドロームから遡ること二十三年、友里はまだ生まれてなく、トーマはまだ四歳になったばかりだった。
その日もシューティングスターシンドローム当日と同じように、真夏の照りつける太陽がアスファルトを焦がすほどの暑さだった。時雄と美佐子は親の右翼団体に顔を出さなければならなかった。そのためトーマを美佐子の妹夫婦に預けた。
美佐子の妹、真知子はトーマを抱き、買い物に出かけた。そして子供のトーマのために大きなホールケーキを買った。
トーマはそれが嬉しくて“にっこり”と笑った。真知子はその笑顔が好きだった。
甘えん坊ざかりとはいえ四歳のトーマを右手で抱き抱え、左手でケーキの入った袋を手にも持って家に帰っていた。
……暑かった。帽子もかぶってないものだから真知子は照りつける強い日差しを遮ることができなったんだ。……本当にただそれだけだった。
自宅に帰る途中には長い階段を上らなければならなかった。長いといっても五分くらいの距離だが、それでもこの炎天下、大きな荷物、四歳のトーマ。階段を三分の二ほど登ったところで軽い熱中症のような症状になり真知子はくらっとした。
……手を離してしまった。
しかし、すぐに気がついた。
――危ない!
とっさに手を出し落としてしまったものを掴んだ。
……当時の真知子にまだ子供がいなかったことが悔やまれる。
掴んだのは大きなケーキのほうだった。その瞬間だけ、トーマのを抱きかかえていたことを忘れてしまったのだ。子供を抱きかかえているという習慣がなかったのだ。
慌てて足元を見ると四歳のトーマが倒れていた。真知子はせっかく掴んだ大きなケーキも手放してトーマを抱き抱えた。
トーマの顔を見た。泣いてはいなかった。
頭も触ってみた。血も出てなく、小さな小さなコブが一つあるくらいで異常はなかった。
ほっとした真知子はトーマを両手でしっかりと抱き、大きなケーキなケーキの入った袋を右の肘の内側にひっかけて自宅に帰った。

「さっきは大丈夫だった?」
自宅に着いた真知子はケーキを取り分けながらトーマに訪ねた。
「はい。大丈夫です」
四歳のトーマがそう答えた。
「よかったぁ、はいじゃあケーキ」
白い小さなお皿にケーキを乗せて渡すとトーマは笑った。
真知子は一瞬“ギョッ”とした。その笑顔がプラスチックを連想させるほど無機質な笑みに感じたのだ。しかし、さっきのことでちょっと考えすぎているのね。そう思い自分もケーキにもケーキを切り分け、食べ始めた。

誤解のないように言っておくが、だからといって階段で頭を打ちつけたことが全ての原因と言っているわけではない。そんなことで二百人近くも人が死んでしまうなんてことには直結しないだろう。……当然、可能性がゼロだと言い切ることはできないが。
しかし、ただ一つ確かなのは、トーマの頭痛と浮かんできたコンクリートがせまってくる映像、なぜだか感じた甘い味。それらはこの時のことだということだ。
そして、さらにもう一つの事実、屋上の下に出来た死体の山の中にトーマ、つまり、斗馬丈太郎という教員の死体はなぜか発見されなかったということ。





S・S・S “シューティングスターシンドローム” 終



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