風に吹かれて消えちまう



第四章 記録的な台風





 桜井美遊を全裸にして布団に寝かすと一通りの傷口を優しく撫で、そして舐めた。初めて見る女の体。感触。傷跡。頭が割れてしまいそう。皮膚に出来た皹やら溝やらの感触が悲しみや悔しさの溶けた興奮に拍車をかける。制服を乱暴に脱ぎ捨て桜井美遊に覆いかぶさり再びキスをした。
「……入れるよ?」
 もうわけがわからない。
「うん」
 美樹は桜井美遊の膣に挿入した。初めての感覚。まとわりつくような濡れた感触を敏感な部分で感じる。温かい、生きている。その温かさでなぜだか悲しくなった。それでも最後まで入れようと試みた。そうしなければ、最後までしなければ。数多の感情を内包したココロがそう命じる。しかし、途中まで入ると“くっついてしまった”膣内の皮膚がその侵入を拒んだ。
「……い、痛い」
 桜井美遊の顔が一瞬歪む。
「痛い? 大丈夫か?」
「うん、でも大丈夫……、きっともう少しだけなら入るよ」
「で、でも…」
「……私したいよ。美樹君に抱かれたい」
 その言葉に後押しされ、意を決した美樹は腰に力をほんの少し力を込める。膣内の皮膚が少し千切れた音が美樹の先に伝わってきた。その音で美樹の心臓の血管も切れてしまいそうになる。桜井美遊は目を閉じ黙っている。美樹は皮膚がちぎれるほどの痛みを自分のために我慢しているということを瞬時に悟った。
 止まったはずの涙がまた出てきた。
「さ…くらい……」
「ごめんね。私こんなので。泣かないで……? お願い。美樹君、私大丈夫だよ? 嬉しいんだよ?」
 美樹はそれ以上の挿入は止めた。美樹はもう終わりにしようとも思ったが、最後まで、という命令に逆らうことは出来なかった。続けること、それともやめること、どちらが正しいかはわからなかった。しかし美樹はその傷口の少し手前までで必死に出し入れした。泣きながらそうした。そして、その中で果てた。
 酷く歪なセックスだった。初めてのセックスだった。
「あ、大丈夫だよ。中に出しても気にしなくていいから、言ってなかったかもしれないけど私もう妊娠しないからさ」
 美樹はもう頭が本当におかしくなるかと思った。狂ったように桜井美遊を抱きしめた。
「桜井、桜井、桜井…………」
 何度も何度もそう呼んだ。
「なぁに?」
「――一生俺から離れんじゃねぇぞ!!」
 美樹は世界で一番大きな声で叫んだ。
 桜井美遊の目から涙が一筋流れた。
「……う、うん」
もう何年も溜めていた涙をやっと流したのだ。その止め方も知らなかった。それから桜井美遊は子供みたいに泣いた。泣き方もわからなかった桜井美遊は、うえーん、うえーんと虹が出るほど泣いた。美樹はその子供のように泣く桜井美遊と普段の“笑っていない笑顔”で笑う桜井美遊とのギャップで心臓が止まるくらい悲しくなった。美樹も大声で泣いた。
 しばらく裸で抱き合いながら二人とも子供みたいに大声で泣いていた。
 強い風がビニールシートのテントを激しく揺らす。
泣き疲れ、どちらからともなく眠った。
 
 目を覚ますとそこは深い夜だった。明かりも何もない川原のビニールシート内はこの星のどこよりも暗かった。
「美樹君起きたの?」
 先に目覚めていた美遊の声が耳元で聞こえた。美樹の腕枕で眠っていたようだ。
「あ、ああ」
「そう、それじゃ電気点けるね」
 何も見えない中でがさがさと音を立て桜井美遊がその場で動く。すぐにビニールシート内にぼんやりとした明かりが灯った。
「電気なんてあるんだ」
「うん、拾ってきたの。電池式だからコンセント要らずなんだ」
 声のほうを見ると桜井美遊の涙でぐちゃぐちゃになった顔が確認できた。手元には懐中電灯にアルミ箔を被せたようなランプが力なく光を放っている。
「――あ!」
 そんな光の中で桜井美遊が短い声を上げた。
「どうした?」
 いきなりの声に何事かと思い聞いた。
「そういえば私キス初めてした、へへへ」
 その顔は子供の頃のように無垢で綺麗で可愛らしいものだった。
「桜井、今の顔すげー可愛いよ」
「やめてよ、へへへ」
 本当に綺麗な笑顔だった。小学校のときの踊り場での笑顔を思い出した。
「ねぇ、美樹君覚えてる? 私が引っ越した日のこと?」
「あぁ」
 逃げ出した記憶が蘇る。言わなければ。
「あの時、ごめんな……、俺さ、怖くなって、……逃げちまった」
 何年も前に食べたのに消化できていなかったものを吐き出すように言った。
「何言ってんの? 私すごい嬉しかったんだよ?」
「え?」
「あいつにさ、放せって言ってくれたでしょ? 叩くなって言ってくれたでしょ? 優しくてかっこよかったなぁ」
……そんなんじゃないよ。そんなたいそうなもんじゃない。俺は逃げたんだ。そう言う代わりに抱きしめた。
「何? どしたの?」
「なんでもいいじゃん」
「うん、そうだね。こうしてくれるならなんでもいいや! へへ」
 二人は何度もキスを交わし、抱き合った。

“…………………………俺はいったい何をしているんだ?”


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