「……何それ? 何言ってんだよ?」
 赤茶けたベンチで隣に座る幸介が言う。目をくわっと見開き、声は上ずっている。
予想通りの答え辛い質問だ。だけど真由のためにしっかり言わなきゃ駄目だろう。そして、それがきっと俺のためになるはず。真由は俺と居たがってるんだ。幸介の幸せのことまで考えてられない。
「だから、真由が言った好きな人ってのは俺のことで、俺も真由が好きなんだよ、はっきり言って俺は絶対譲れない」
「……ちょっと待ってよ、全然意味がわかんないよ、いきなりなんだよ?」
「……そうだろうな。でも事実なんだ。真由のためにもこれだけは言わせて欲しいんだけど、真由が別れを言い出したのは俺のことが原因じゃないと思うんだ。確かに引き金は俺かもしれないけど……」
「うん。それは真由も言ってたし。わかってるよ。やっぱり俺が弱いからだと思う……、でもなんで勇一がそこに出て来るんだよ?」
「……真由からよく相談を受けてたんだ。そのうちにさ……」
 幸介が肩を落とし俯く。
「……そうなんだ。ビックリしたよ。でも、真由と勇一は仲良かったもんね。あのさ……、これだけは聞かせて欲しいんだけどさ、勇一は本気だよね?」
「もちろんだよ。俺はメチャクチャ真由が好きだよ」
「そっか……」
 幸介は黙り込んだ。何を言おうか……。俺がそう考えていると幸介が先に口を開いた。
「うん。わかった。……真由をさ、幸せにしてあげて」
 その声はもう震えていなかった。
「……幸介、いいのか?」
「だって、真由だって勇一が好きなんでしょ? しょうがないよ。……でもさ、やっぱ俺、いつか勇一から真由を取りもどすから……、もっと強い男になってさ、自分に自身ついたら絶対真由にまた告白するから」
 幸介は笑顔を俺に見せてきた。
「あぁ、全然かまわない。真由と連絡とってもかまわないし。正々堂々と勝負しよう」
「うん、……あとさ、勇一は……さ、もう真由と付き合ってるの?」
「いや、まだ付き合ってはいないけど、近いうちに付き合うと思う……」
「……そっか。悔しいな。やっぱ」
 そう言って俯いた。でも幸介は泣かなかった。
「……でも、俺だって負けないから! 強くなって、勇一より真由に相応しい男になるから、覚悟しといてね」
 顔を上げて大きな声で言ってきた。顔は笑顔のような、泣き顔のような、なんとも言いがたい表情をしている。
「おう、お互い頑張ろうな」
 幸介は成長した。きっと真由とのことで随分世界観が変わったんだろう。強くなったと思う。俺が幸介の心情を想像するだけでも悪い事だとは思うが、きっと幸介は今死ぬほど辛いだろう。でも、だからといって俺は真由を離したくない、絶対に離さない。
俺は幸介の幸せより真由の幸せのほうを選んだんだ。もちろんそれだけじゃない。自分の気持ちにも正直に動いた。俺は真由が好きだ。側にいてやりたいし、側にいて欲しい。
こんなに熱く興奮しているのなんて人生で初めてだ。もうどうしょうもないほど俺は真由が好きみたいだ。こんなに誰かを愛おしいなんて思ったことも、思えるだなんて思ったことはなかった。あのヒネクレ者日本代表十番、柏原勇一がここまで熱く激しく誰かを思ってるんだ。それに嘘は吐けない。
男も恋で変わるもんだな。

主催者サイド・2


トーマは二週間程前から同じ格好の家族が静かに座っている食卓につき神妙な面もちで考えこんでいる。
塔子のおかげでホームページ上での募集は順調に進んでいた。シューティングスターシンドロームの計画に関しては何もかもが順調すぎるほど順調だった。
しかしトーマには一つ差し迫った悩みがあった。
それは家族の死体の処理に関してだ。そろそろ臭いもキツくなってきている。
幸いというか、もちろん計算付くなのだが、トーマの家族が家から一歩もでなくても誰も心配したり、怪しんだりするような状況は存在しなかった。その理由には二つの大きな要因がある。まず一つにはトーマの祖父の莫大な遺産がある。トーマの祖父はとある右翼組織の大幹部だったのだ。祖父が亡くなった時にトーマの家には数十億の遺産が入った。
そしてもう一つは妹、友里のレイプ騒動が発端となって起きた家庭崩壊であった。
順を追って説明しよう。
トーマの父親、時雄は気の弱い男だった。祖父の厳しいしつけが彼をそのような男にしてしまったのだろう。なにせ、トーマの祖父は大袈裟ではなく時雄に一切の自由を許さなかったのだ。幼稚園から、大学、そしてその先の進路、結婚相手、果ては子供の数まで、すべて祖父が決めた。そのうち当然の如く祖父が大幹部を務める右翼団体にも属することとなる。もちろん時雄は気の弱さや、要領の悪さから、そこでもうだつが上がらなかった。 
時雄は四十を過ぎても、祖父に決められた仕事に行き、祖父に決められた家族の元に給料を運ぶ、そんな何一つ選択を出来ない日々を悶々としながら送っていた。
しかし、四十二歳になったある日、時雄にとって最も幸福な出来事が起きた。それはトーマの祖父の死、つまり父親の死だ。祖父が死んだことにより、時雄は初めて自由を手にすることになる。まず手初めにその右翼団体を抜けた。これは遺産の一部、一部といっても数億円だったが、それを寄付することですぐに認められた。元々、祖父の七光りだけの時雄を団体のほとんどの人間が良く思ってなかったという事実も簡単に抜けることが出来た要因だろう。
それでもあまりある莫大な遺産のおかげで積極的な働く理由も見いだせなかった時雄は祖父に世話してもらった、いや、与えられた仕事も辞めた。
家族に関しても特に愛情もなかったので捨てようと思った。しかし、捨てられなかった。そこには愛情はなかったが愛着やら情やらが出来てしまっていたのだ。もしかしたら、ただ単にいきなり一人きりになれなかっただけかもしれないが、それはそのときの時雄自信にもわからなかった。時雄の妻、つまりトーマの母親、美佐子は時雄がこれからもいてくれることにホッと胸をなで下ろした。
しかし、皮肉にもそれからが時雄の本当の不幸の始まりだった。
組織も仕事も辞めた時雄は時間を持て余し、家に入り浸る日々を送っていた。睡眠と食事以外は全くと言っていいほど何もしないでいた。楽しい日々とは決して言えなかったが、それでも時雄にとっては最悪でない日々は初めてだった。悠々自適とまではいかなくとも時雄なりに何もしないで過ごすことにはそれなりの意義があった。今まで何かをすることも、何かをしないことも選べなかったのだ。自由を味わうということはどう考えても意義のあることだったのだ。
しかし、そんな生活も一ヶ月と持たなかった。
ある日、電話の呼び鈴が鳴った。その時の電話以降、時雄は電話の呼び鈴がなるたび血の気が引くような思いをするはめになる。
「もしもし……」
時雄がいつも通りに電話に出るとその相手は警察だった。
大変申し上げにくいのですが、と前置きをしたあと、電話口の警察官は時雄の娘、つまりトーマの妹の友里が襲われて今病院にいるということを伝えてきた。
オソ…ワレタ……? 時雄はあまりピンとこなかった。それも当然だろう。友里はまだ小学校の五年生なのだ。
「“オソワレタ”とはいったい?」
時雄は間の抜けた調子で聞いた。
つまり、その……、警察官は言葉を濁しながらも友里が“レイプ”されたと言う事実を伝え、“幸い命に別状はない”とフォローするように言った。それでようやく理解することができた。不意に友里が裸にされ暴行を受けている映像が浮かんできた。理解はできても信じる事なんてとても出来なかった。頭がクラクラした。
時雄は家にいた美佐子とトーマを車に乗せて急いで病院に向かった。
「あなた? そんなに慌ててどこに行くの?」
 まだ何も聞かされていない美佐子が聞く。
「……病院だ」
 時雄はさっきから心地悪い汗が止まらない。
「え? どうして?」
 美佐子の当然の質問の後に時雄は慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「今、警察から電話があってな、友里が襲われて……、病院に運ばれたらしいんだ」
「襲われたって、もしかして……」
 美佐子の顔から血の気が引いていった。時雄は後部座席に乗るトーマの方をチラッと見てから、美佐子に「そういうことだ」と告げた。
 直接的な表現をしなかったのは、口に出して言いたくなかったというのと、当時中学三年生になったばかりの思春期のトーマに対する配慮があったのだろう。
病院の駐車場に乱暴に車を止めた時雄は美佐子と一緒に急いで病院内に入った。
そして病室に入った瞬間に美佐子は泣き崩れ、時雄は下唇を血が出るほど噛み締めた。……ベッドに横たわる友里の姿を見たのだ。
素っ気ない白いシーツを体に掛け、横たわる友里の顔にはところどころ切り傷や、赤黒い新鮮な痣があった。シーツの隙間から覗く白く細い足には包帯が巻かれていた。
時雄は“どうせなら変わり果ててくれていればよかった”と思った。顔も体も見る影がないほどに変わり果ててくれていれば……、それならこんな思いはしなかったのではないか……、そう思った。それほど愛着のあるその姿のままズタズタにされた友里を見るのが嫌だったのだ。そしてなにより苦しく、悔しかった。
時雄がそんなことを思っているとき、トーマが遅れて病室に入ってきた。そのトーマが泣き崩れ、地べたにへたり込んでいる美佐子をまるで盾になって守るかのように抱きしめた。
自分の息子が自分の妻を抱きしめている、そんな光景を見ると時雄の目から涙が溢れ出してきた。その涙を止めようだとかは微塵も思わなかった。
時雄は泣いた。
刑事や医者や看護婦たちが見ているのもはばからず四十二歳の男が鼻水を垂らし顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。
時雄はそんな時になって初めて家族に対して愛情を持っていた自分に気づいた。無理もないかもしれない。時雄は今まで家族の愛情というものを知らずに育ってきたのだから。
時雄はそんな自分を後悔した。しかし、何をどう後悔すればいいか全くわからなかった。ゆっくりと歩き出し、小さな寝息を立て鎮静剤で眠っている友里を抱きしめた。抱きしめた友里の体は驚くほど細かった。友里を抱きしめたのが初めてだったことに気付いた。
その瞬間、時雄は生まれてきてから今まで、その全てを後悔し、ひたすら呪った。
友里は次の日に退院した。
家に帰ってきた友里からはすっかり子供の無邪気さが消え失せていて、震えながら膝を抱えるばかりで一言も声を発することはなかった。
そんな友里を見ているうちに時雄は決意した。
“これからの自分の人生は友里を立ち直らせるためだけに費やそう。友里のために文字通り命を懸けよう”
悲しい理由だが時雄にも生きる意味が初めて生まれた。
それからの時雄は最大級の努力をした。友里のために何かを惜しむなんてことはただの一度もなかった。
……しかし、努力なんて物は実らなければクソの役にも立たないものだ。しかも、誰かのために努力するということはそれが伝わらないことにはまったく意味をなさない。そのことをひたすら痛感した。
この一ヶ月間、知っているかぎりの優しい言葉を友里に掛けた。できうるかぎりの行為は全て行った。しかし、友里は少しでも触れると泣くのだ。震えている友里を抱きしめてやりたくても、まるで悪魔や妖怪の類を見るかのような目で時雄を見るのだ。
自分が報われなくても構わない、友里さえ立ち直ってくるなら、それこそ悪魔にも妖怪にもなってやる、時雄は心からそう思っていた。この事件の前とは思考、行動、その理由、すべてがそれ以前の時雄とすっかり変わっていた。そのことに気付くことすらできぬほど時雄は友里のために自分の体と時間の全てを使った。
……だがしかし、もう歯車は狂いきっていて、残酷な螺旋は止まることは決してなかった。
そして、この騒動の最中、当時中学三年生だったトーマは何を思っていたのか……。それこそがこの残酷な螺旋の根だった。
トーマは時雄のサポート、この騒動がきっかけで倒れた美佐子の介抱、そしてもちろん事件の被害者の友里のためにも相当、手を尽くした。時雄から「お前は受験勉強をやってればいい」なんて言われても言うことを聞かず家族のサポートをすることを惜しまなかった。
トーマは思っていた。
“……これは……これは予想以上に楽しい……”と。 
そう、トーマは時雄の慌てふためいている様を見て、倒れた美佐子を見て、壊れた友里を見て、心の中でほくそ笑んでいたのだ。
そして何よりも最悪で吐き気がするほどの事実が存在するのだ。
それは友里のレイプ事件を計画した人物、それがトーマだったということ。
事件から三ヶ月後、友里をレイプした犯人が捕まった。
また同様の犯行を犯し、その現行犯で逮捕されたのだ。
犯人の名は千田重徳、当時二十五歳の男だ。この男は生まれたときから脳に障害を持っていて知能は九歳児程度しかなかった。なぜそんな男がこんな大それた犯行を二度も犯したのか……、それは重徳がトーマの同級生、千田洋二の兄だったからに他ならない。
洋二の家によく遊びに行っていたトーマは、洋二、そしてその家族の目を盗んでは、重徳にセックスのノウハウを嬉々揚々とレクチャーしていたのだ。それも友里の写真を使って。
そして重徳の性に対する興味が最大に達したと判断した時、トーマは友里の塾帰りの暗く人気のない道に重徳を先導し、そのまま重徳一人を残し帰った。
重徳は人気のない暗い道で友里と出会った。あの写真の友里と……。
悪魔のような計画はトーマの予想通りの結果になった。病院で見る傷だらけの友里を見たときトーマは言いようのない達成感を味わった。
単純な疑問が生まれてくるだろう。そう、なぜ、トーマはこんなことをするのか? と言う疑問が。
……その答えは退屈だったから、端的に言えばそれだけだった。トーマの全てにおける動機は“暇つぶし”その一言に尽きるのだった。
トーマはいつでも退屈すぎたのだ。
本格的に自我が芽生えたのかなんてトーマは覚えちゃいなかったが、物心がついたときからなぜか漫然とした退屈を感じていた。そういう子供だった。
ありあまる財力で考えうるかぎりの娯楽は試した。恋愛だのスポーツだの、青春と呼ばれるものも試してみた。しかし、興奮などできす退屈は解消されなかった。いつしかトーマは、自分はこういう病気なのだと悟った。“どっちらけ病”なんて名づけ、中学二年の夏に退屈を解消することを諦め、適当に生きていくことを決心した。
しかし、決心もつかの間、その年の秋に転機が訪れた。洋二の恋愛相談に乗ったのだ。洋二の悩みは彼女がいるのに他に好きな人が出来た、というようなよくある話だった。よくある話だったのだが、これがちょっとした事件になった。
トーマは、
「好きな人がいるならそっちに行ったほうがいい。好きでもないのに付き合ったりするのは良くない」
などと教科書通りのアドバイスを洋二にした。
そして、その洋二の好きでなくなってしまった彼女の相談にも乗った。彼女もまた同じ学校で顔見知りであり、トーマが洋二と仲が良かったことを知っていて、様子のおかしい洋二のことをトーマに相談したのだ。
トーマは、
「好きなら何があっても諦めるべきではない。本当に好きならどんなことをしたって洋二のことを手放すべきではない」
と言った。
しばらくして、洋二はその彼女に別れを告げた。
彼女はまたトーマに相談してきた。もう諦めるしかないよね? そんな相談だった。
トーマはその彼女に言った。
「フラれてすぐ諦められるなら、きっと洋二のことをそれほど好きじゃなかったんだろ?」
「そんなことない!」
そんな言葉が返ってきた。
「いや、そうなんだよ。もし本当に好きだったら、どんなことでも出来るはずだ。どんな汚いことでも、どんな酷いことでもね。何もしないで諦めるのに好きだとか俺は信じられないな」
トーマはそんな風に言ってみた。そう、言ってみた程度のことだ。特に話に興味もなかったため、何も考えず、適当に、なんとなく言ってみただけだった。
すると、その彼女はトーマに言われたことがよっぽど悔しかったのか、ワナワナと震えながら、
「証明してやるわ……」
そう言い残し帰っていた。
そして翌日、洋二の新しい彼女が、そのおかしくなってしまった彼女に包丁で刺された。
幸い、たいした怪我にはならなかったのだが、トーマはその話を洋二に聞いたとき人生で初めてドキドキと自分の心臓の高鳴る音を聞いた。自分がこの世に生を受けていることを実感した。
これが探していた“どっちらけ病”の特効薬だったのか……。泣いている洋二を元気づけながら思っていた。それからのトーマが娯楽の対象に選んだもの、それは人間だった。人間の壊れていく様だった。
その後は、その手のことを色々と試してみた。そのたびに心臓が高鳴った。今まで興奮というものを感じたことがなかったトーマは中毒のように、したたかに人が壊れていくような発言、行動を積極的に行った。トーマにはなぜか人の心を動かす才能があった。しかし、しばらくすると小さなことでは刺激が足りなくなっていった。
そして、中ニの冬に友里のレイプを計画し、千田重徳にレクチャーを始めた。
友里がレイプされた中学三年生の初めからから、高校二年になるまでのおよそ二年間トーマは心から楽しい日々を送ることができた。
時雄の狼狽ぶりを見ていると思わず笑いがこみ上げてきて、それを堪えるのに必死だった。
美佐子の病みっぷりに心の中で拍手喝采をしていた。美佐子の泣きながらの「迷惑かけてごめんね……」のセリフには思わず吹き出してしまったこともある。
壊れた友里を見るたび鼓動が高鳴るのを感じていた。友里の視線が虚ろに宙をさまようのが、たまらなく好きだった。
しかし、高校二年の半ば、それらにも急に飽きてしまった。興味の対象はなぜか流れ星と新発売のドリンク、ビタミンXに移っていた。特に流れ星には相当熱をあげた。星が消え去る様に心を打たれていた。どうしてこんなにも流れ星に憧れるのだろうか……、必死に考えた。
一つの仮説が浮かんだ。
そして、決意の日の夜、その仮説を立証するためにある戦争映画で使っていた刃渡り十七センチのサバイバルナイフのレプリカで家族全員の喉笛を次々と掻っ捌いた。 
断末魔のうめき声、噴出す血液、こういった直接的なものに関しては全く興奮しない自分を再確認した。
 しかし、瀕死の時雄に対し、友里のレイプは自分が仕組んだと耳元で囁いときは体の奥から笑みが溢れてきた。首から血を流し、口をパクパクとさせる時雄の顔を思い出しながら夕飯を食べるのが最近の日課になっているほどだ。
 
 食卓で考え込んでいたすっとトーマが立ち上がった。死体の処理の方法を決めたのだ。トーマが悩んでいたのは「死体をどうすればいいのだろうか」ではなかった。「死体をどんな方法で処理したら楽しいだろうか」だったのだ。
考え込んでいる間に自分の中でたくさんの方法が上がっていた。
例えばクレイジーな殺人鬼みたいに食ってしまうというもの。しかし、実際そんな欲求は微塵もなかったためその案には気乗りしなかった。
他にも、皮お剥いで装飾品でも作ろうか、家族の死体と性交を行おうか、色々考えたが結局無難に庭に埋めることに決めた。そのことでトーマは自分を至極まともな人間だと感じた。それと同時に自分が狂ってもいないのにこんなことができる人間なのだな、ということを再認識した。
庭に埋めることに決めたトーマは美佐子が元気だった頃精を出していたガーデニング用のスコップを持ち庭に繰り出した。死体を三つも埋めなければならないため、深く深く掘り進める必要がある。トーマはせっせと穴を掘った。穴を掘る作業は意外と楽しかった。子供が砂場でブラジルに行くために砂場を掘っているような、そんな楽しげな表情を浮かべながら、死体を埋めるための穴をさらに奥へ、さらに深く掘っていった。二時間以上は経っただろう。その穴は完成を迎えた。
深さ三メートル程のその穴にまずは友里の死体を投げ入れた。どさっと落ちたソレの足はいびつな方向に曲がった。次に美佐子、そして最後に時雄を投げ入れた。見下ろしたソレらは折り重なりながらも全て顔は上を向いていた。トーマは特になにも感じないで機械的と言ってもいいくらい淡々と先程掘り出した土をその顔に被せていった。
家族全員を埋め終えたトーマはシャワーで汗を流すと、キッチンで少し遅めの朝食を作った。堅めに焼いた目玉焼きとカリカリになるまで焼いたベーコンをオーブントースターから取り出した薄切りのトーストに挟み、生野菜が盛り付けてある皿の右側に置いた。そして、牛乳を用意して食べ始めた。
食事中トーマは家族を埋めた直後にも関わらず、これから学校に行っても三時間目からだな、どうしようか……、なんてことを考えていた。結局四時間目が比較的好きな教科だったので行くことに決め、支度を整えトーマは真っ赤な自転車に乗り、自分の通う高校、私立輪条大学付属高等学校へと向かった。


参加者サイド・3


 俺の部屋のベッドに真由と二人で並んで座っている。テレビもステレオも付いていない。両親共に出かけている。静かなもんだ。この家に存在する音と言えば俺たちの話す小さな声だけ。他にはどんな音も存在しない。
「――幸介もわかってくれたよ。真由を幸せにしてやってくれってさ。あいつ、男らしくなったな?」
「……うん、そうだね、ホッとした……、ホッとしたよ」
真由はやっぱり幸介の事が一番の心配のタネだったようだった。幸介が死んでしまうのではないか、なんてことも本気で考えたという。昨日の俺と幸介との話し合いの結果を伝えると、言葉通り肩の荷が下りたような、芯から安堵に包まれた表情をした。そして擦り寄るようにゆっくり俺にくっついてくる。
優しく抱きしめた。真由は幸介を裏切るように俺の元へとやってきた。その原因が幸介にあるとしても、行動した真由のほうが形としては世間一般でいう“悪”となる。
言葉に出しはしないが身を切られるくらい悩んだのかもしれない。今、俺はそんな気持ちから開放された真由を優しく抱きしめてやれる。それが嬉しい。自分が無力じゃないって強く思えた。自分が存在していることが誰かのためになる……、俺にも出来る事が、必要としてくれる人がいる。
俺の腕の中の真由が静かに泣き始めた。真由はよく泣くんだ。
強く抱きしめた。真由は声を出して泣き出した。
……自分が優しくなっていくのを感じる。赤や黒から青や白へ、そんな変化が確実に俺の中に起きている。
ここまで真由を癒せるのは俺だけ。今、この瞬間真由を抱きしめてやれるのは俺一人。世界中探したって俺一人。ドイツにもブラジルにもパプアニューギニアにもいやしない。これだけでも生きる意味に十分なりえそうだ。
いつでも俺を苦しめた体の奥底に常に潜んでいた理由のない苛立ちが完璧に消え去ったような感覚がした。もう二度とあの、形容しがたい苛立ちが俺を襲ってくる事はないだろう。
きっとあの苛立ちの正体は、こんなつまらない、くだらない世の中で、この先、自分がいったいどうすればいいか、いったい何をどうしたいというのか、そんなこと先が何も見えない、いや、先自体を見たくない自分と、そんな俺の気持ちを当然の如く無視して進んでいく時や世の中とがあまりにも折り合いがつかない、そんなことに対する苛立ちだったのだろう。つまり生きている理由が見あたらなかったんだ。それほど俺から見た世界は退屈でくだらない矮小な存在だったんだ。猿でもわかるように簡単に言えば、将来に対する漠然とした不安、それだったんだろうと思う。しかも、それを打破するために俺は何かをしようだなんて考えてなかった。……何もやりたいことなんてなかったし、したところで何がどうなるだなんて思えなかった。
でも、もう大丈夫。全てが解決。俺は解放された。
だって真由がいる。天真爛漫、元気印のやんちゃ娘の泣き虫が俺の側にいて、俺を必要としてくれる。……アレを言ってみようかなぁ、え? 何かって? アレだよ。わかんない? そうか、じゃあ、言ってやる。
“俺は幸せだよ”
 馬鹿みたいか? だって馬鹿だ、しょうがないだろ?
もちろん、これからも将来のことに悩むだろうし、人生がくだらないだとか俺はほざくと思う。まだまだ、将来やりたいことだってないし、当然、未来なんて爪の先ほども見えない。だけど、それでもきっとこれからの俺は具体的に何かをするだろう。それは恋ってのはものがものすごく具体的なものだから、具体的に動く事が必要不可欠だから。大好きな真由がそばに居ればきっと俺は必然的に能動的な自分になれると思う。
幸介に関しても、男同士いい話し合いが出来た。
……あいつは今、ものすごく苦しんでるだろう。当然、俺は何一つ助けてやれない。でもそれでいいんだ。お互いを磨きあって勝負するって決めたんだ。俺は幸介に負けないくらい真由を愛して、大事にして、真由をたくさん笑わせる。幸介は幸介で自分なりに男を磨けばいいんだ。それが男同士ってもんだろう。
抱きしめている真由の頭を見る。小刻みに震えている。
「……真由、ありがとな」
 自然と声を掛けてしまった。真由がすっと顔を上げて俺を見た。
「……何が?」
 涙の粒が目の周りで潰れて滲んでいる。
「何がって、たくさんだよ」
「ん?」
 真由が不思議そうな顔をしている。すげーかわいい。俺は勢いよく真由を抱きしめ、ベッドに押し倒した。
「な、何いきなり?」
「俺、真由のことすっげぇ好きだからな!」
 真由の顔は真っ赤っか。そして、小さな声で、
「私も好き」
 もちろんキス。
 お前は俺にいろんなもんをくれた。愛やら、勇気やら、そんな胡散臭く感じていたものを俺に信じさせる何かを確実に俺に注入してくれた。
 ゆっくりキス。長いキス。
 人生ってのはもしかしたら俺が思っていた以上に素晴らしいものなのかもしれない。こんな風に急に何もかもが解決して、純度の高い幸福を感じられるような出来事がドカンと起きる。これからは、そのことを忘れないで、そんな出来事の一つ一つ無くさないように、見落とさないように、何もかもを大切にして生きていかなきゃな、そんな風に強く思って、真由の服を全部脱がした。
そうだよ、エッチするんだ。文句あるか?

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