みんなが私と勇一のことを知っていた。……コー君が言ったのだろう。それしか考えられない。それにしても間違って伝わっている。勇一が無理やりコー君から私を奪っただとか、私が勇一に騙されているだとか、半ば無理やりつき合わされているだとか……。いったいどうしてだろう。勇一はコー君としっかり話し合って、わかってくれたと言っていたのに……。どこで話が捻じれてしまったのだろうか。
 昼休みに話を聞こうと思ったけどコー君は教室にいなかった。勇一もいない。この件について話し合っているんだろうか?
 授業が始まる寸前にコー君が帰ってきた。一緒に教室に入ってきたのは勇一じゃなくて橋田君だ。チャイムが鳴った。勇一が帰ってこないまま授業が始まった。
 
いくら経っても勇一は帰ってこなかった。早退でもしたのかな? でもなんで早退したんだろう。この妙な噂に腹が立ってしまったのだろうか……。
 帰りの学活が終わってすぐ、コー君の席に向かった。
「ねぇ、コー君……」
「ま、真由、な、何?」
 コー君は無理やりな笑顔で私を見てきた。私はこの笑顔を知っている。付き合っているときにたまに見た嘘を吐いて、誤魔化しているときの顔。
「あのさ、なんか、変な噂が広まってるんだけど、知らない?」
「何それ? 知らないよ」
 あの笑顔。やっぱり嘘を吐いている……。
「じゃあ、勇一がどこにいるか知ってる?」
「し、知らないよ。それより、真由さ、勇一とは最近どうなの?」
 明らかに挙動がおかしい。
 コー君はきっと今悪い方向にいっていると思う。私のことを諦めないとダメになっちゃうかもしれない。言っちゃおう。言わなきゃ駄目だ。
「……私たち付き合うことになったよ」
「え?」
 コー君の顔が固まった。
「だって、私は勇一が好きだもん。勇一はそれに答えてくれたんだよ。コー君は勇一を責めるべきじゃないよ。責めるなら私でしょ? 裏切ったのは私だし、勇一は私の気持ちに答えてくれただけだよ」
 返事はなかった。
「ん? コー君?」
 コー君はそのまま動かなくなってしまっていた。
「聞いてる? コー君?」
 やっぱりピクリとも動かない。
「コー君!!」
私が大きめな声を出すと、コー君は動き出した。でも、一切こっちを見ない。そして何も言わずに携帯電話を開いた。なにやらメールを打ち始めた。
打っている文字が目に入った。
“参加します”
 そう打たれていた。参加? いったい何の事だろう?
 それに勇一は今どこにいるんだろう。不安で不安で仕方ないよ。
 どこにいるの?

□□□□

 ――っいてぇ!
熱々のとんこつラーメンの濃厚なスープは切れた口内にびっくりするくらいしみる。オーソドックスに醤油ラーメンにしとくべきだった。いや、醤油でもしみるか……、そうか、チャーハンなら良かったんだ。
「痛いか?」
 くだらない事を考えていると、ラーメンとチャーハン大盛りと餃子を食べている丈太郎先生が聞いてきた。しかし、目は俺を見ていないで、食いもんばっか見ている。
「あぁ、痛いっすね、って全然心配してないっすよね?」
 俺は話の流れから、丈太郎先生にラーメンを奢っている。停学を見逃す変わりだそうだ。
「いや、ほら、給料日前だからさ、助かったよ」
 これで教師ってのは世の中おかしいな、とは思うが俺はこの人のこんなところが好きなんだろう。
「あ、そういえばまだ聞いてなかったけどなんで慎也に殴られたんだ? お前ら仲良かっただろ?」
「……なんかついでみたいっすね?」
「そんなことないよ。すげー心配してるって!」
 口いっぱいにチャーハンを詰め込みモゴモゴとしゃべる。絶対心配してない。でもまぁ、変に改まられるよりかは、こういう感じのが話しやすい。
 俺は正直に真由とのいきさつから、慎ちゃんに殴られるまでの要所要所を掻い摘んで話した。丈太郎先生じゃなけりゃ話したりしなかっただろう。
「……そうか、ひでーなそりゃ。でもそんなもんだよ。恋愛ってのは他人にとっちゃ結果論だからな。周りから見たら勇一が奪った酷い男で、幸介が奪われたかわいそうな奴に見えるんだよ。事実、楽しいお前と、苦しい幸介がいるしな」
「でも、あいつとはちゃんと話し合ったし、その結果で俺だって動いてたんすよ? それに周りの奴らにしたって、俺の話聞いてから納得がいかないって俺を非難するならわかるんすけど、話一切聞かずにっすよ? そんなんでいったい何が分かるんすか? 慎ちゃんなんか聞いてくれって言っても聞いてくれなかったし……」
「だから、他人は結果論しか見てくれないんだって。フラれた奴がかわいそうで、フッた奴が酷い奴に見えるってのもそういうわけだ。経験がないとフラれるにはフラれるだけの理由があるってのもわかんないだろうしな」
「……あの、俺と真由が付き合ってるてのは悪い事なんすかね? 一般的に見て」
「一般的ってのがなんのことかわかんないけど、まぁそう見えんじゃないか?」
「でも、付き合うってのは好き同士が一緒にいるってことでしょ? 好き同士が誰かに悪いだなんて言って、付き合わないほうがおかしいんじゃないっすかね?」
「それはそうだけどな、でも幸介にしたら付き合って欲しくはないんじゃないか? 真由が好きなわけだしな。幸介にすら認めてもらおうってのが甘いんだよ。まぁ、他の奴がグダグダ言うのはおかしいし、頭悪いなそいつら。関係ないじゃんな? あ、ちょっととんこつも一口食わせてくれよ!」
 丈太郎先生は俺の返事を聞く前に俺のラーメンを奪っていった。別にかまわないけど。
「でも、幸介にしても変じゃないっすか? 俺よりも真由に不満が向かうべきなんじゃないっすか?」
「ん? 真由のほうに向かったほうが良かったのか? とんこつより、俺の塩のが美味いな。俺の勝ちだな」
 なんだ勝ちって……。
「いや、そうじゃないんすけど、もし俺の彼女が浮気したら、相手よりも彼女のほうに怒りが行くなとか思って」
「ホントにそうか? お前彼女に浮気された事ないだろ? 勇一、餃子二個くらい食っていいぞ?」
 元々俺のおごりだっての。
「……ないっすね」
 俺のおごった丈太郎先生の餃子を食べながら答えた。
「だろ? あのな、意外と好きな人は恨めないもんなんだよ。勇一に矛先が向かうのは当然だな」
「そんなもんなんすかね。でも、矛先が真由に向かってりゃ俺も幸介に面と向かって文句の一つもガツンと言ってやるんすけど、俺に向かうとなんか言いにくくて、なんか自分が悪くないって自己弁護してるみたいになりそうで、それじゃなんかダサいし……。まぁ、それで真由に矛先が向かっても本末転倒なんすけどね」
「今だってお前は十分自己弁護してるよ。もちろん幸介もな。お互い自己正当化してりゃぶつかるのは必然だよ。ただ、慎也に告げ口ってのはよくないな。意味わかんないよな? それにしても慎也は相変わらず単純だなぁ。あぁ、俺もう腹いっぱいだから、勇一、後食っていいぞ」
 半分以上残ったチャーハンを皿ごと俺の前に押して言う。
「はあ? そりゃないっすよ。ちゃんと全部食ってくださいよ。俺今月、金厳しいのに奢ってんすから!」
「嫌だね」
 丈太郎先生が食後の一服を始めた。
「別に俺は奢ってくれなくてもいいんだよ? 停学してもいいならな?」
 ニヤリと笑って煙を吐き出す。
「あ、今の言葉PTA的なとこに言ったらやばいんじゃないっすか?」
「……勇一? 教師を脅す気か?」
「生徒を脅したのはそっちでしょ」
「うまいこというな、よし、俺も男だ。それじゃこれは二人で食べよう」
 ……ホントに面白い人だな、この人は。
「まぁ、それにしましょう」
 俺たちは二人で一生懸命そのチャーハンを平らげた。

 皿やどんぶりが下げられたテーブルでもう一時間はしゃべっている。なんとなくラーメン屋の主人も迷惑そうな顔だ。
「勇一、結局、恋愛に関しちゃ他人はわかってくれないもんだよ。でもお前には、真由がいるだろ? 真由がわかってくれるだろ? それだけで十分なんじゃねぇか?」
「まぁ、そうっすね。真由だけがわかってくれてりゃ俺は頑張れますね。あ、俺も一服していいっすかね?」
「ああ、構わないぞ」
 そうだな。そうかもしれない。俺には真由がいるし、なんとかなるだろう。しかももうすぐ夏休みだしな。そしたら暫くはクラスの奴らにも会わなくて済むしな。
 そんなことを思いながらゆっくりと煙草に火を点けた。
「はい、現行犯! 今度また奢ってくれな」
 丈太郎先生が“ビシッ”と俺を指差した。
「ちょ、そりゃないっしょ!」
「はは、冗談だよ。あ、勇一、もうすぐ夏休みだけど、八月一日はうちのクラスの登校日だからな? みんなに会いたくないからってサボんなよ?」
「あ、そうだった。はぁ〜、正直行きたくないっすねぇ……」
 夏休みになってもまた学校行ってクラスの奴らと顔を合わせなきゃなんないのか……。たった一日だといっても嫌なもんだな……。
「まぁ、そう言うな。登校日ったって出席取るくらいのもんだからな。すぐ終わるし、真由と一緒に来て、一緒に帰ればいいんだよ」
「……まぁ、そうっすねぇ」
 返事は曖昧にしたけど、丈太郎先生に来いと言われたら行かないわけにもいかないだろうな。こんなに世話になったわけだし。
「勇一、これも人生の修行だ。断言してやる。これから先、今よりももっと嫌な事、絶対起きるよ。だからさ、そんなときのためにも今これを真っ向から乗り越えるべきだ」
「はい。そうっすね。俺頑張りますよ」
「それでいいんだ。ちなみに十時半集合だからな」
「行きますって。それより、今日話せてよかったっす。やっぱ丈太郎先生のクラスで本当によかったっすね!」
「お、かわいい事言うじゃない。いつか飯おごってやるな!」
「期待しないで待ってますね」

 会計を済ましてラーメン店を出ると真由からメールが来た。
“勇一、今どこに居るの? 何かあった?”
 心配してくれている。真由は俺のことを考えてくれている。俺は大丈夫だな。真由が俺の安全装置になってくれている。真由さえいてくれりゃ嫌な事あってもなんとかいけそうだ。







主催者サイド・3


 一ヶ月弱が過ぎた。トーマはシューティングスターシンドロームの本番を行う準備をほぼ完璧に整えることが出来ていた。塔子の働き振りがその速度を飛躍的に速めたのは言うまでもない。なんせこんな短期間にもかかわらずインターネットで集まった人数はこの日まででも実に三十六人にも上っていたのだ。そしてトーマの学校、輪条高校からはトーマを含め七人。合計四十三人のシューティングスターが集まった。やる事の大きさから言えば相当の数と言えるだろう。あとは決行の日時を決め、各々の使命を果たすだけだ。
トーマは自分の部屋のベッドに寝転び当日の事を想像してみた。トーマの右頬が小刻みに震えだす。そして、きゅうっと釣りあがり“ニヤリ”と笑った。

……あぁ、たまらない。
こんなに興奮する事がこの世の中にあったのか……。
その瞬間に俺はいったい何を思うのだろうか……。
あぁ、そうだなぁ、夕焼けをバックにしよう。
オレンジ色の空を流れ星が流れるんだ。
いや、よく晴れた青空というのも捨てがたい。
どちらにしろ、きっと、今まで触れたどんな芸術よりも俺を震わせてくれるだろう。
今までのどんな経験よりも俺に快楽を与えてくれるだろう。
あぁ、待ちどおしい……。待ちどおしいよぉ……。

頭の中で自分の言葉が際限なく交錯していた。トーマの視線が壁に掛けたカレンダーを捕らえた。その瞬間溢れ出してしまいそうだった思考をピタリと止めた。
上半身を起こしカレンダーをさらにじっと見つめる。
「やはり一日だな……」
 決行の日にちが決まった。八月一日。夏休み中にすることには意味があったが、その日にちにはたいした意味はなかった。ただ都合が良かっただけだ。
 
■■■■

 勉強机の上に置いた携帯電話がブルブルと振るえ、塔子の体が思わずビクッと震えた。
「……は、はい」
滅多にならない携帯電話に出ると相手は予想通りトーマだった。
「明日だ」
 声のトーンから感情は全く読み取れない。きっと塔子には顔を見たところでトーマの感情なんて読み取れるはずはないのだが、いや、塔子に限らずトーマの感情なんてものは常人のそれからは完全に逸脱しているため誰にも読み取れるはずはないのだが塔子はそのときそう感じた。
「……はい」
塔子が小さな声で答えるとすぐに電話は切れた。本当に短い電話だった。
……明日か。塔子は携帯電話を胸にぐっと押し付けた。
正直言うと恐ろしいというのが塔子の本音だった。
そんな大それた事をしてもいいものなのか……、何度も考えた。普通の人ならきっとすぐに“そんなこと駄目に決まっている”という結論を導き出す事が出来るだろう。しかし、私にはそれをしてしまうだけのことが起こったのではないか? そんな思いが頭をよぎるたび“私にはその資格があるのでは?”そう考えてしまう。きっとトーマと出会わなければこんなことをするだなんて思いもしなかっただろう。きっと出会わなければ、計画を持ちかけられなければ、私は暗黒の記憶を抱え、孤独に消え去るだけだっただろう。
だからと言ってトーマと出会ったことのせいだけでこんな恐ろしい思いをしているわけではない。元々塔子はもう何もかもが恐ろしかったのだ。もちろん幸せになれたというわけではないが、一人じゃないってことを知ったときにどれだけ救われたか……、ホームページにメールが来て、似たような経験をしている人たちと連絡を取るたび、どれだけ心の隙間が埋まっていくのを感じたことか……。
いったい私はどう感じているのだろう……。必死に考えた。
しかし、いくら考えても答えは出ず、考えることに疲れた塔子はベッドの上にゴロンと横になった。そのとき“……私はきっとトーマの言う事を聞いていればいいんだ。それだけでいいんだ”そんな考えがふと浮かんだ。
目を閉じてもう一度考えてもやはりトーマの言う通りにしようという結論に落ち着いた。結局それしか出来ないのだ。塔子には自分で何かを切り開く術も、力も、思いも、とうに消え失せているのだ。
ただ、この一ヶ月の孤独じゃなかった時期が塔子にこう思わせた
“最後に一人は嫌だ、……もう二度と孤独は嫌だ”と。
塔子はそのまま深い眠りについた。

翌日、授業を終えるとトーマが塔子のクラスまで迎えに来た。
「塔子。行くぞ」
 小さな声だったため塔子の席までは聞こえなかったが、口は確実にそう動いていた。今まで酷い事をコソコソと言われていたせいか、塔子は唇の動きでなんとなく何を言っているのかがわかるようになっていた。ただ、いつでも読み取る言葉は百パーセントと言っていいくらい二、三日は頭の中から消えないくらいの嫌な言葉だったので、大分前から人の顔を見ること事態が嫌いになってはいたが。
 トーマの顔から視線を外し、塔子は机の横に掛けたバックを慌てて持ち、トーマの立っているドアのほうに向かった。誰かと一緒に学校から帰るなんて小学校のときの集団下校以来だった。しかも相手は男の子である。塔子はなぜか周りの視線が痛いほど気になり恥ずかしくてしょうがなくなった。実際は誰も見てないのだけれども、こんなに醜い自分が男の子と一緒に帰ると思うと顔から火が出そうになる。みんなが不思議がっているのではないか……、好奇の目で自分をみているのではないか……、トーマが趣味が悪いと皆に笑われているのではないか……、そんなふうに思われたらトーマに申し訳がないような気がしてきた。
「あ、あの、待たせてごめんね」
 顔が赤いのがバレないように下を向いて言った。
「行くぞ」
「はい」
 塔子はなるべく並ばないように、トーマのちょっと後ろを歩きながら、二人で学校を出た。学校から出て裏道に入るとトーマが立ち止まった。そうなると必然的に塔子も止まる。
「怖いか?」
 トーマが振り返った。
「わからない」
 正直な思いだ。
「そうか、まぁ、お前がやるわけじゃないしな。いまいち実感がわかないかもしれないな。だけど、もちろん準備は万端だ。結果はもう目に見えている、なんの心配もいらない。もしも、万が一、罪の意識が塔子の中で芽生えたとしてもそんなものも、いや、全てが十日後には終わる。ちょっとの辛抱だからな」
「うん……」
「よし、じゃあ、さっさと行くか、草間充のとこにな」
 その名前を聞いた塔子は思わず表情が硬くなった。
草間充とは塔子をいじめていた集団の中の一人の名前だった。
今からトーマと一緒に草間を殺しに行くのだ。トーマに草間を殺してもらいに行くのだ。それで今二人は一緒に帰っているというわけだった。つまり、塔子が初めて男の子と一緒に学校から帰る理由、それは殺人だったのだ。
“そうか、それじゃそいつは俺が殺してやる。誰にも優しくしてもらえなかったお前にだって一つぐらいこういうことがあってもいいだろう。プレゼントだ”
数時間後、トーマの自宅で言われたこの言葉を実践してもらえる。塔子自信もきっと自覚はないだろうが、喜んでいるのは確かだった。怖いだとか、間違っているとは思いながらも断らずにこんなトーマの計画に一番熱心に協力しているのは塔子である。あの言葉がただ嬉しかった、それが一番の理由なのだ。
「それにしても、本当に草間充でいいのか?」
「うん」
 草間充は塔子をいじめていた集団の中でもたいした立場にいなかった。もしかしたら草間自信も大きく分ければいじめられていた部類に入るかもしれない。つまりパシリのような奴だったのだ。
草間は自分が酷い事されないように、そのために塔子を使っていたのだ。
 こうしてみればいいのではないか? 俺はもっと酷い事出来るぜ?
 そんなふうに、草間はその集団の中でいじめられないように、さらに弱いものを叩いていた。それがエスカレートし、塔子の尊厳と呼ばれるところまでも砕ききったのだ。
 デッキブラシの柄で塔子の処女を貫く行為も、ビタミンXのビンを肛門に入れるという行為も、発案したのは草間だった。いじめの質が変わるとき、例えば、陰湿なものが暴力的なものに変わるとき、暴力的なものが性的なものに変わるとき、性的なものに暴力的なものが加わるとき、そんなときは全て草間が絡んでいたように塔子は思っていた。
塔子にはわかっていた。きっと草間は怖かったのだろうということが、皆が塔子に飽きて、矛先が自分に向かうのが怖かったのだろうということが……。しかし、塔子はそれを、皆が自分をいじめるのに飽きてくれる事をどんなに待っていただろうか……。
いじめが二、三日止まる事がたまにあった。そんなときは草間が率先してさらに酷いことをしてきた。するとみんなが笑うのだった。
「うちの近くに小さな丘があってな、草間充はそこで待たせてる。殺されるのも知らずにな」
 トーマがしれっと言う。
「どうやって連絡取ったの?」
「一ヶ月もありゃそんなことは簡単だ。しっかり弱みまで握って呼び出しといたから、あいつは誰にも言わずにあそこで待っていることだろうな」
 トーマはそう言うと再び歩き出した。
「……ねぇ、本当に殺すの?」
 塔子はトーマの背中に問いかけた。
「はぁ? いまさら何言ってんだ?」
 トーマは止まらずに答える。塔子は小走りで追いかけた。
「違う。そうじゃなくてさ、トーマはあいつに何の恨みもないでしょ? それなのにリスクを負うことになるから……、私なんかのために……。トーマがそんなことする必要ないって思って……」
「言ったろ? プレゼントだって」
 トーマが右手の親指をグッと立てて塔子の顔の前にかざした。
そして振り返りプラスチックみたいに無機質な笑みを浮かべた。

次へ


戻る