参加者サイド・4


 今日から夏休みに入った。俺は部屋で一人、ごろんとベッドに寝転がっている。もしかしたら死んでいるのかもしれない。
……はっきり言って気分は最悪だ。人生でワースト1なのはまず間違いない。始めて付き合った彼女に半日でフラれたときよりも、ラーメン屋でヤクザに絡まれ殴られたときよりも、犬のクソを両足とも踏んでしまったときなんかよりも、その全てを足したときの気分よりも百倍、いや、一万倍気分が悪い。あのいつでも俺を苦しめた理由のない苛立ちがかわいく思える。チワワみたいだ。
とりあえずの原因はやはりクラス内でのことだ。
クラス内での評判は日を追うごとに悪くなっていった。最低、最悪、酷い、卑怯、女好き、泥棒、略奪者、人間のクズ、等々、陰で俺を形容する言葉は増えていき、それはほぼ漏れなく俺に届いてきた。匿名希望さんからはこんなラブレターをもらった。

“柏原勇一、お前は人の気持ちのわからない人間だ。今すぐ真由と別れて死んでください”

人の気持ちがわかる人間のよこす手紙がこれだろうか……っていうか、人の気持ちがわかる人間なんて元々いるのかい? ……いるはずないだろ。誰しもが人の気持ちがわからないから悩んだり苦しんだりしているんだ。俺たちの悩みのほとんどはそこに起因していると言っても過言ではないと思う。人の気持ちがわかる人間、そんな奴が、もしいたら、それは超能力者やガンダムでいうところのニュータイプに間違いない。テレビに出たり、宗教を起こしたりして大儲けすることをお勧めするよ。だって相手の気持ちがわからないから、わかろうとするんだろ? それでもきっと半分もわからないから辛いんだろ?
……それにしてもまったく相当な暇人ばかりだ。頭の足りない暇人は陰口くらいしか楽しみがないんだろう。人を批判すれば自分が綺麗な人間にでもなれるとでも思っているのだろうか? それとも“悪い人”を批判していると自分が優しい人間だとでも勘違いできるのだろうか? 暇人たちはまるで使命かのように俺を陰で叩いて喜んでいる。醜い奴らだ。そして、その自分の醜さに酷く鈍感な奴らだ。……反吐が出る。
慎ちゃんだけは陰口を叩かない。だからといって当然俺の味方なわけじゃない。つまり露骨なんだ。普通に睨んでくるし、俺の横で大きな声で俺を罵倒する。話を聞いてくれって何度も頼んだ。けど結局「お前と話すことなんてない」だそうだ。昔はあんなに仲良かったのにな……、でも元々友達じゃなかったんだろう。友達だったら何があっても話くらいは聞いてくれるはずだ。話を聞いてから自分の意見だの行動だのを決めるだろう。俺だったらそうするよ。
……そう、友達なんかじゃなかったんだよ。あんなに仲良かったのに……、友達じゃないんだ。結局、ただ一緒にいただけだったんだ。でも、こんなことを言っていても正直慎ちゃんに関してはショックを受けている。俺は慎ちゃんが好きだったし……。色々思い出もある。でも、もう無理なんだ。
そして、俺の唯一の安全弁、頼みの綱の真由ともこの前、喧嘩してしまって、それから一言も口を聞いていない。これが最悪な気分の一番の理由だ。
 二日前だった。俺は真由と一緒に学校から帰っていたんだ。その日も俺は陰口をうんざりするほど聞かされていて、相当苛立っていた。俺だってそんなこと聞きたくなんてなかったけど、教室という小さな空間の中での噂話なんて簡単に漏れ聞こえてくる。まぁ聞こえるように言っていたんだろうけどよ。
「そんな悪く言わなくほうがいいよ。わかってくれるまで、話聞いてくれるまで頑張ろうよ」
 帰り道で俺がクラスの奴らに対する意見を言っていたらこう言われたんだ。
「なんでだよ。別に俺たち悪いことしたわけじゃないだろ? なのになんで俺がへりくだんなきゃいけないんだよ?」
 当然俺はこう言った。だって俺が言って欲しかったのはそういう言葉じゃなかったから。なんでもいいから優しいこと言われたかったし、言ってくれると思ってたんだ。だって散々周りに言われた後だ。俺だって誰かに優しくしてもらいたいって思ったっていいだろ?
頭にきていた俺は、真由までが俺を“最低の裏切り者”だと思っている……、なんて感じてしまった。そんな風に思いたくなかった、でもそう感じてしまったんだ。
話が幸介のことになったときはもっと酷かった。
「幸介はクソだな……、慎ちゃんに変な事を吹き込みやがった」
「でも、コー君だって悪い人じゃないんだよ、今ちょっとおかしくなっちゃってるだけでさ……」
「何言ってんだよ! お前この顔見ろよ? まだすげー腫れてんだろ?」
「うん……、酷いと思うよ。でも元々は私たちが悪いんだし……」
 ……それだけは言ってはいけない言葉だった。真由だけは言ってはいけない言葉だった。真由にだけは言われたくなかった。頭の中がカっと熱くなった。その熱はすぐに全身に回った。
「はぁ? 何が悪いんだよ? 俺はお前が好きで、お前も俺が好きなんだろ? だから一緒にいるんだろ? 何も悪くないじゃねぇか!!」
 あまり覚えてないけど、きっと俺は怒鳴ってたと思う。
「だけど、それでもコー君は辛かったわけだし……、私たちは強く言える立場にいないんだよ。裏切ったのは私たちなんだから」
 この言葉で熱くなった体が急激に熱を失い、凍えてしまいそうなほど体が冷えていった。
「……それじゃ、俺は慎ちゃんに殴られて、クラス中に無視されて当然な悪いことをしたんだ? 俺は悪いことしてお前を幸介から奪い取ったってことか?」
 必然的に声も震えた。
「そんなこと言ってないでしょ?」
「言ってんじゃねぇか! しかも、お前にまでこうやって説教されなきゃいけないわけか?」
「説教なんて……、ただ、私は、やっぱりみんなとも仲良くしたいし……」
 真由は泣き出した。優しく出来る余裕もなかったし、そんな気も起きなかった。
「勝手に仲良くすればいいだろ? 俺のことを影で叩いて喜んでる奴らとよろしくやっててりゃいいよ」
「そんな言い方ないでしょ? みんなは手を差し伸べてくれてるよ?」 
「はぁ? お前だけにだろ? 自分が良けりゃそれでいいのかよ?」
「そんなことないよ! 勇一ちょっと心が狭いよ……」
 ……死ぬかと思った。冗談じゃなくその言葉は俺を殺すための凶器だった。
「……もういいよ。話にならねぇ」
 そのまま俺は泣いてる真由を置いて帰ったんだ。それから連絡は一度も取っていない。
 真由は優しい奴だから、だからあんなことを言ったんだってことはわかってるんだ。でも、その全てが真由にだけは言って欲しくない言葉だった。
この何日間か、他の誰かに何言われても、頭にはきたが受け入れていた。言えるだけのことを知りもしない奴等の無責任な陰口なんか相手にしたってしょうがねぇって、言わせとけばいいやって思って踏ん張ってた。殴られてもやり返しはしなかった。
だからと言ってもちろん辛くなかったわけじゃない。だって昨日まで仲良かった奴らに無視されて、陰で罵倒されて、しかも頼んでも話すら聞いてくれなくなったんだ。苦しかったし、悲しかったし、なにより悔しかった。
それでも、俺は矛先が真由に向かわなければそれでいいって、真由さえ元気ならそれでいいって、そう自分に言い聞かせて、……真由を守ってやっているつもりでいたんだ。
だから何言われても頑張れたんだ。大好きな真由のためって思えばなんだって出来たから。
だけど……、いや、だからこそ、真由にだけは何があっても幸介やクラスの奴等の肩を待つ発言をして欲しくなかった。されるわけにはいかなかった。
俺は幸介の肩を持つお前を認めて許してやれるほどお人よしでもないし、俺と真由の恋愛に対して、話も聞いてないのに無茶苦茶なことを言う奴らのことを守って、俺を責める真由に優しい言葉を掛けてやれるほど俺の心は強くもでっかくもないんだ。
自分でも弱くて汚くて嫌になるけど……、俺は真由に幸介を、俺のことを無責任に悪く言う奴等を、………嫌って欲しかったんだ。
クラスの奴らが全員幸介の味方をして、俺を責め立ててるんだ。真由だけでも俺の味方でいてくれないと……、そうじゃないと俺の中の帳尻が合わないんだ。俺の悔しさを理解して欲しかったんだ。わかってほしかったんだ。
それなのに真由まで俺を責め、あまつさえクラスの奴らの言う事のほうを正しいだなんて……。
……せめて悪いことなんてしていないってことは信じて欲しかった。真由が俺たちが付き合ってるということに罪悪感を感じていると俺の考えの辻褄が合わないんだ。俺たちは好き同士だから一緒に居るはずなんだ。今俺達がいる場所は決して幸介を裏切ってたどり着いた場所ではないんだ。いくら、それが周りに対しての優しさから生まれた言葉であっても、幸介や俺の悪口を言っている奴らを擁護して、俺たちの場所を裏切りの果てと言う発言は許せないんだ。耐えられないんだ。告白したときに言ったじゃないかよ……、悪い事じゃないって、好き同士だからなんだって、そう言う俺を信じてくれって。
この三日間、俺が思っているこの事を真由に伝えようか迷った。きっと言えばわかってくれると思う。でも、結局これは俺の味方をして欲しいっていうこと、俺だって男としてのプライドはある。そんなかっこ悪いこと自分の口から言う勇気はなかった。
そして、言わなくてもこの事だけはわかって欲しかったんだ。俺に言われて無理やり周りと関係を断絶してもらったところで俺は嬉しくもなんともない。真由からそうして欲しかったんだ。じゃないと真由を守ってやってる俺はいったい何なのかがさっぱりわからなくなるんだろ? 真由を周りの心無い中傷から守ってやっているつもりの俺が、真由に“勇一が悪い”だなんて“心が狭い”だなんて説教されたんじゃ俺はどうすりゃいいんだよ? ……居場所がなくなるんだよ。
世界中でお前だけはそのことをわかっていて欲しかったし、世界中で真由一人さえわかってくれれば俺はそれだけでよかったんだ……。
「みんな酷いね、勇一が正しいよ」
 嘘でもそう言ってくれれば俺はその言葉だけで無敵になれたんだ。真由さえ俺の味方をしてくれれば俺は誰の敵にだってなれたんだ。
……誰かを好きになるってことは他の誰かを愛さないってことが、誰かに非情になれるってことが含まれると思う。“愛”って感情は世界中が幸せになれるような美しいだけの感情ではないと思う。決して綺麗なだけではないんだ。
だって、俺が真由を愛して幸せな気分に浸っていた裏では幸介が苦しんで、悲しんでいた。
きっと真由にはわからないんだ。男が友達の彼女を奪うという事にどれだけの十字架を背負うことになるのかが……。たとえ好き同士でも形はそうなんだ。それがどんなに苦しい事か……。俺はそれを認めるわけにはいかないんだ。だからこそ“好き同士だから付き合っている”って言う言葉が大事なんだ。真由を守ってやってるって事実がないと俺は頭がおかしくなってしまうんだ。
なんだか酷く悲しい苛立ちが襲ってきた。
あぁ……、いったいどうしてこんなことになっちまったんだろう。
なぁ真由、愛ってなんだよ? 好きって何だよ?
俺が大嫌いなやつとどうして仲良くなりたいんだ? 俺の悪口言ってる奴となんで仲良く遊べる? 俺を、泥棒、裏切り者、最低、くず、そう言ってる奴となんで仲良くなりたいんだよ?
裏切りの果ての恋などでは決してなかっただろ? 俺たちはお互いが大好きだから一緒にいるんだろ?
俺は何言われても、お前に矛先がいかなければいいと思っていたんだ。お前を守ってやってるって思ってたから耐えられたんだ。でも、お前があいつら守って俺を責めたら俺はどうすればいい? 俺はなんのために黙って悪口を言われ続けてきたんだ? お前までそう言ったら本当に裏切りってことになっちまうじゃねえぇか? 辻褄が合わなくなっちまうじゃねえか!!
俺はお前から見ても略奪者で、最低のクズなのか? なぁ真由。そうなんだろ? お前は俺に奪われたんだろ?
そして、この全ては心の狭すぎる俺のただの愚痴なのか? 俺の心が狭いからこんなことを思うんだろ?
だったらそうだよ。俺は心の狭い最低のクズだ。俺の守っているお前がそう言うなら間違いないよ……。
真由に直接言えないことを心の中でわめき散らしてみたが、まったく憂さが晴れなかった。
またもや何もかもが嫌になっている事に気づいた。理由のない苛立ちとは違う苛立ちだが解決が自分で出来ないという点では変わらない。
……だって真由次第だから。真由がわかってくれなかったら解決できないんだ。
登校日は行かなきゃダメかな……。ダメだろうな、丈太郎先生とも約束したし、それに行かないとクラスの奴らに負けたような気分になるだろうし。でも、クラスには会いたくない奴しかいない。
はぁ、それでも行くしかないか……。

□□□□
 
 部屋のカレンダーを見る。七月三十日、登校日二日前。
二日後には勇一やコー君、クラスのみんなと顔を合わすことになる。だけど、誰にも合わす顔なんて今の私にはない。
 クラスの友達には必死で弁解した。私は騙されていないし、本当に勇一が好きだと何度も言った。でも、信じてもらえないし、みんな必死さが逆に私が騙されている証拠だといわんばかりだった。勇一を守る発言には皆一様に、
「真由、あんたは今舞い上がってるだけよ。ちょっとしたらコー君に戻りたくなるよ」
 こんな事を言った。
 それでもわかってもらいたくて、勇一とのことを認めてもらいたくて、頑張って弁解した。結果は変わらなかった。でも、みんな私のため色々言ってくれるんだから、いつか分かってくれると信じたい。
 コー君は私が勇一と付き合っているってことを伝えてから、学校にも来なくなった。コー君と別れた事は間違ってるとは思っていない。付き合ってはいけなかったはずだ。あのままだったら私がパンクしてしまっていた。でも、傷つけた事実は変わらない。本当に愛してくれていたコー君の気持ちを私は自分のエゴで傷つけたんだ。
誰かと付き合っているときに他の誰かを本当に好きになってしまったときはどうしたらいいのだろう……。正解なんてあるのだろうか? 私は自分の気持ちに嘘のないように、後悔のないような答えを選んだつもりだ。
コー君があんなふうに勇一に嫌がらせというか、ちょっと違うかもしれないがそういうことをしているのはきっと、ショックを受けたから。そして、そのショックは私が与えたもの。どこかに罪悪感、申し訳ない思い、そんなものがいつでも私の頭の中にはこびりついている。
勇一にも酷い事を言ってしまったみたいだ。私は勇一が大好き、そのことは間違いない。誰がなんて言おうが、私は心の底から勇一が大好きだ。だけど、頭にこびりついて離れないもの、それが勇一の勘に触ったのかもしれない。
そんな気持ちのままの私を受け入れてもらおうなんてのは甘かったのかもしれない。全部ありのままで受け入れてくれる人なんてきっといないだろうし、もし、いたとしてもそれじゃ私が駄目になってしまう。しかも、前の彼氏を擁護するなんてのは最低の行為だろう。もし、私が同じ立場で勇一にそんなことされたら、きっと頭にきてしょうがないし、悔しくてたまらないと思う。
昨日まで友達だった仲間が話も聞いてくれないでいきなり敵に変わるなんてきっと勇一は酷く傷ついたはずだ。口ではつっぱてるけど勇一は鈍感じゃない。苦しかっただろう。今考えるとそう思う。
でも、でも、頭から罪悪感が消えない。
 ……私が一番悪いのかもしれない、悪いんだろう。どうしたらよかったのかな……。もうよくわかんない。さっぱりわかんない。一つだけわかっていること。それは結局私は全てをなくしてしまうということだけ。
 二日後、勇一とも、コー君とも、もう一度話そう。そして、二人と別れよう。

□□□□

 登校日前日。明日は久しぶりに学校に行く。本当に久しぶりだ。
あれから……、真由と勇一が付き合ったのを知ってから俺は一歩も外に出ていない。
だってそうだろう、外に出て俺はいったい何をするんだ? 今更することなんて何もないだろ?
……どうせ俺は明日死ぬんだ。そう、死ぬんだ。………流れて消えて無くなるんだ。
 だから、俺のすることといったらこうやってシューティングスターシンドロームのみんなとチャットをするだけ。それ以外に必要はないんだ。
でも俺は一人では死なないんだ。みんなと一緒なんだ。怖くなんてない。
キーボードを叩く指は止まらない。
  
コー・明日が楽しみですね。
おぐ・はい。少し怖いですがやっぱり私たちにはこれしかないんだと思います。
ムー・やっぱりそうですよね。コーさんも参加してくれることになって本当に嬉しいですよ。
コー・本当にお待たせしてすいませんでした。でも、もう決意は固いです。
おぐ・それにしても世の中、やっぱり酷い奴ばかりですね。コーさんの彼女を力づくで奪うなんて。
コー・本当です(T_T) でも最後に一泡吹かせてやるんでちょっとはすっとしますよ。それに一人じゃないし。
トーマ・そうです。一人じゃないんですよ。みなさん。
コー・あ、トーマさん。こんにちは。
おぐ・こんにちは。
ムー・こんにちは。
トーマ・はい、こんにちは。みなさん明日ですよ。明日の朝八時半に私立輪条高校に。
コー・わかってますって!!!!
おぐ・はい。最後のチャットも楽しかったです。
ムー・明日になったら皆さんともやっと会えますね!
トーマ・そうです。しかもやっとこの苦しく醜い世界から飛びたてるんですよ!

 そうだ、明日になれば俺はやっとこの汚い世の中から解放される。本物の仲間とも出会える。そして、なにより勇一に仕返しができる。
でも、勇一、それでも俺のほうが何万倍も苦しいんだよ。だって俺は誰よりも苦しかったんだ。世の中のクソたちと違って俺は無垢すぎるから、汚いお前ら平気なことだって本当に苦しかったんだよ。
……そうなんだ、俺はこの汚い世界を生きるには純粋すぎたんだ。
 
□□□□

 結局、朝になってしまった。朝なんて来るな! なんて寝る前に祈ったりしたがやっぱり目が覚めると当然朝だった。そりゃそうだ。俺は魔法なんて使えない。
今日、真由に会ったら何を話そうか……、正直思い浮かばない。俺はいったいどうしたいんだろうか……。
 そして、幸介は学校に来るだろうか……。きっと幸介には言わなきゃならない事があるだろう。もちろん謝罪の言葉じゃなくて、それは文句だ。揉めたって、喧嘩したっていいんだと思う。俺たちは女を奪い合ったんだ。そうなるのが当たり前だったんだ。みんなで仲良く生きていけるように世の中は出来てないんだ。
別に俺は善人じゃないし、善人ぶる必要もないんだ。そうだな、それでいいんだよ。クラスの奴らには、いつも通り無視を決め込んでやればいい。あいつらに話すことなんてないし、わかってもらう必要だってない。
気持ちを強気なほうに持っていって、俺は起きたがらない体を無理やり起こして支度を始めた。もちろん学校に行くためだ。

教室の扉を開ける。みんなの視線が一斉に俺に向いた。そして、綺麗さっぱり方々に散っていった。
関係ねぇよ、……しょうがないんだ。だって、こいつらはアホなんだ。心の中で毒づいた。
教室の中を見渡して真由と幸介を探した。
……いない。
どうやら二人ともまだ来ていないようだ。そもそも幸介は来るかどうかもわからない。俺は自分の席に向かって歩いた。
「……よく平気な顔して来れるね」
席に着くまでの数十秒ですら、そんな声がチラホラと俺の耳に届いた。久しぶりに聞くとちょっと堪える。でも、だからって俺は何もしないし、言わない。面と向かって直接言えないような奴のことなんて気にしていたら損をするし、こんな奴らに何か言い返すその労力がもったいない。
席に座って少しすると真由が教室に入ってきた。真由に声を掛けようと思い、席を立ったが、真由は下を向きながら足早に俺の前を通り過ぎ、自分の席に座った。そして窓から外を眺めている。
俺と顔を合わせたくないというのが露骨に態度に出ていた。俺は結局また座りなおし、不機嫌に黒板を睨むしか出来なかった。
十時半になった。集合時間だ。結局幸介は来なかった。文句言ってやるとか思っていたくせにちょっとホッとしている自分が情けない。
クラス全体が慌しくしながら丈太郎先生が来るのを待っている。
俺と真由だけが静かに座っている。
扉が開いた。丈太郎先生ではなく幸介だった。三十分の遅刻。なぜか汗をかいている。幸介を見ると途端に気分が重くなった。周りの奴らは幸介に良く出て来れたね、偉い、なんて俺に聞こえるように言ってくる。……いい加減黙れ。
俺はなんだかんだ言って周りの誹謗中傷を関係ないとは思い切れていないようだ。
ふと、真由を見ると幸介を見ながら悲しそうな顔をしていた。この表情はいったいどんな感情を意味しているのだろうか、……わからない。
幸介は教室に入ると自分の席に向かわずに黒板の前に立った。いったいなんだ?
「……なんか、丈太郎先生が屋上に来いってさ」
 幸介が言った。
「屋上って防火扉閉まってていけないんじゃないの?」
 誰かが俺の陰口を叩いていた口で言う。
「今日は開いてるんだ」
「んじゃ、行くか」
 慎ちゃんの一言で教室が動く。俺は周りの様子を見ながらただ座っていた。
そして教室には俺一人になった。真由も誰かと一緒に屋上に向かったようだ。
ため息を一つついてから、ゆっくり腰を上げ一人で屋上に向かった。

四階の防火扉は開いていた。たったそれだけでこの場所の印象も全然変わる。不思議なもんだ。
 でもそんなことはどうでもいい。俺は今日こうやってただ出席とって帰るだけってわけにはいかないんだ。真由と、そして幸介とも話さなければならなんだ。でもいったい何を話すっていうんだろうか……。このままじゃいけないってこと以外俺には何もわからない。それでも話さなきゃな。
 屋上に着くと、クラスの奴らが始めての屋上でわいわいと楽しそうにしていた。俺は何度か来ていたからそんな新鮮な印象は受けなかった。だけどその代わりに、一つだけいつもと様子が違うところを発見した。
この屋上にトレードマークのようにそびえ立っていた高い金網の一部、というか、三箇所ほど二メートル分くらいすっぱりとなくなって隙間が開いているのだ。切り取られたような跡もある。
それと屋上の中心には昇降台があった。なんの為の物なのだろうか? 丈太郎先生が使うものなのだろか。まぁ、これもどうだっていい。俺はとりあえず真由を探した。真由は屋上の隅で一人で立っていた。真由に近づいた。
「なぁ、真由……」
 真由が悲しそうな顔で振り向く。
「なあに?」
 俺の目を見ないで言う。
「あのさ、ちょっとゆっくり話がしたいんだけど……、これ終わったらさ、時間あるか?」
「うん…、私も話したいことあるし…」
「そっか、んじゃ、帰ったらあのハンバーガー屋に来てくれな」
「わかった」
 真由は結局俺の目を見てくれなかった。俺は黙り込んでしまった。
「みんな来てるか?」
 丈太郎先生の声が聞こえた。声のほうを見ると、屋上の入り口から丈太郎先生が歩いてきたところだった。そしてそのまま中央に置いてある目的不明の昇降台に上った。
「よーし、とりあえず集まれ!」
 両手で皆を呼ぶ。二年三組の生徒が指示通りわらわらとその周りに集まる。俺と真由もそれに混じった。
「ん〜と、休んでる奴はいなそうだな、よし、んじゃみんなも集まってくれ!」
 丈太郎先生は同じ言葉を大きな声で叫んだ。
「だからもう集まってるっての!!」
 笑いながら敬二が言う。
「いや、お前らじゃなくてな、ほら、出てきていいぞ!」
 その声は俺たちではなくて屋上の入り口に向けられているものだった。すると扉から次から次へと人が出てきた。その人たちは一様に興奮したような顔つきだが、四十歳すぎのサラリーマンもいれば、女子大生も、中学生みたいな子供もいて、全く共通点が見つからなかった。最終的にそこから出てきた人数は百人近くにも上っていた。
 その集団は俺たち、昇降台を中心点にして二年三組の面子をぐるりと取り囲んだ。俺も、真由も慎ちゃんもみんな何が起きているのかわからい、と言ったような顔をしている。周りからは「いったい何するんですか?」だの「丈太郎先生この人たちはいったい誰ですか?」だの、そんな質問の声が飛ぶ。
 昇降台の上で丈太郎先生は腕を組んで「う〜ん」と唸って、それらの質問をすり抜けている。そして、顔を上げてくるりとターンをして、俺たちとこのわけわからない集団を見渡した。
俺たちの正面でピタリと止まり顔を上げる。
「……いやぁ、長かったよ、実に長かった。それではこれからシューティングスターシンドロームの本番をはじめさせてもらう!」
 昇降台の上から丈太郎先生……“斗馬丈太郎先生”がプラスチックみたいな笑顔を浮かべて言い放った。
取り囲む人たちから異様な歓声が上がった。
……いったいなんなんだこれは?

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