……コー君が死んじゃった。………コー君が死んじゃったよ。
 私は勇一に手を引かれながら走っている。私の意志なんてもうどこにもない。
……私に意思なんてあるからいけないんだ。
 コー君を優しい人だって感じて付き合うことを決めた。……コー君を弱くさせた。
 勇一を好きになって、思いを伝えた。……勇一を悩ませた。
 コー君が嫌になって別れた。……コー君を壊した。
 勇一がどうしようもなく好きで付き合った。……勇一がみんなに嫌われた。
 勇一はそんなみんなを嫌い返した。でも私は嫌だった。みんなとも仲良くしたかった。
……勇一が怒鳴った。悲しい顔をして怒っていた。
……あぁ、そうか。やっと勇一の気持ちが分かった。勇一は一人になってしまったんだ。私を愛したためにみんなに嫌われたのに、私が勇一を嫌った側の味方をしてしまったら、勇一は一人だったんだ。そうだよ、勇一がみんなに嫌われた原因は私だったのに、そんな私が勇一を……。私は本当に馬鹿だ。最低だ。
勇一とも、みんなとも、コー君とすら仲良くしたかったなんて、私は欲張りすぎた。でも、それが私の本音だったんだ。私は勇一と付き合うことをみんなに祝福されたかったんだ。
勇一の中では、付き合っていくために、みんなと決別しなきゃいけないところまで事態は切迫していたんだ。でも、私はみんなとも仲良くしたかった。そういう道を探していた。それが正しいと思っていた。今でも間違っているとは思えないけど、そのために勇一を一人っきりにさせたんだ。間違っていても、勇一の味方になってあげればよかった。私は勇一のことがそれほど好きだったはずだ。なのにどうしてできなかったんだろう……。
 色々考えてみると、コー君が死んだのも、みんなが殺されていくのも、勇一が怒鳴ったのも私に原因があるように思えてきた。
……私が自分のわがままを通すからいけないんだ。
 だから私はもう何も決めない。手を引かれれば走るし、捕まって殺されるならそれでいい。
 少し走ると勇一が屋上の角に私を放り投げるように乱暴に置く。力の入らない私は座り込んでしまう。そんな私を庇うかのように勇一が私に背を向け、コー君の仲間たちのほうに振り向き、デッキブラシを構えている。
「真由、何諦めてんだよ!」
 怒鳴りながら迫ってきた一人を手に持っている緑色の毛が植え込まれている部分で殴った。
「おい、真由! 返事しろよ!!」
「……はい」
 言われたとおり返事だけした。もうどうだっていい。
「お前、こんなときに何すねてんだよ!」
「別にすねてなんてないよ……」
 私は別にすねても諦めてもいない。ただ、自分が何かを決めるのをやめただけ。
「お前なぁ、そういうとこムカつくんだよ!」
「ごめんなさい。私が全部悪いよね、酷い女だよ……」
「はっ、そんなこと思ってないだろ!」
「……思ってるもん」
「嘘付け! 思ってなきゃ思ってないでもういいから本当に思ってること言えよ!!」
「思ってるよ、全部私が悪いんでしょ? 知ってるよ、私なんていなきゃよかったのにね……、でも、これでどうせ死ぬからいいけど……」
「ふざけんな! 本当に悪いと思ってるやつがそんなこと言うか! その反省の仕方が思ってない証拠だよ!! 私なんていなきゃよかったね、なんて言うってことはな、これから私は何も努力しませんって言ってるのと同じことだからな!! それは反省じゃなくて、ただの放棄だ。意味がなさすぎる!! それとな真由、俺は絶対死なねぇからな! そんでもってお前も絶対死なせないからな!!」
 ……もうわけわかんないから、ごちゃごちゃ言わないで。
「じゃ、どうすればいいの? 言われた事やるから許してよ……、なんでもするからさ」
「ああぁもう!!! 俺な、お前がほんっとうにムカつくんだよ!! 何だよその態度!!」
「……なによぉ! こんなときにそんなこと言わないでよ!」
 あまりにも怒鳴られたから、思わず言い返してしまった。
「うるせぇ、気に喰わないんだよ! だからな、これ終わったらまじ俺お前に死ぬほど文句言ってやるからな!!」
勇一は駄々っ子みたいなことを平気で言う。なにもこんなときに言わなくてもいいのに……。少し頭にきてしまった。本当は最後くらいちょっとは優しくされたかった。
「何それ! 馬鹿じゃないの!」
 顔を上げて言い返すと、目の前はとんでもない光景だった。何人ものコー君の仲間が勇一に迫ってきていて、それを勇一がデッキブラシでなんとかはじき返したり、殴りつけたりしていた。しかも、相手のうちの何人かは木刀みたいなを持っていた。
「そうだ、真由、その調子だ! お前も気に食わないことはもっと大きな声で叫べ!」
 勇一の顔がちらりと見えた。
 傷だらけだった。木刀で殴られたような傷が所々見て取れた。
 ゴッっと鈍い音がした。勇一の頭に大きなブロック飛んできて激突していたのだ。血が噴き出した。だけど勇一は倒れない。
「――いってぇな、この野郎!」
 勇一がブロックを投げてきた人をデッキブラシで殴る。緑の毛のついた部分がその勢いで吹っ飛んだ。
「真由! おまえは、本当に嫌な女だ。しかも、自覚がねぇから、お前はきっと絶対それに気付かないんだ。だってお前はいつだって正しい事を言ってるからな!」
「もうわかったから何も言わないでよ!!」
 勇一意味わかんないよ、なんで私を必死で守りながら、私の嫌いなところを言ってくるの? 相変わらず涙が止まらない。……頭がどうかしちゃいそう。
「それは無理だ。俺は、言ってやるんだ、思ったことは全部言ってやるんだ!」
「ちょっとは我慢しなさいよ!」
「嫌だね、俺は絶対我慢しない。だからお前もすんな! それで終わっちまったらそれまでなんだよ!」
「子供じゃないんだから、私たちこれで死んじゃうんだよ! だったら最後にもっといい話しようよ。好きだったよ、とか、愛してるよ、だとかさ」
「はぁ? 死なねぇよ、馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!! 真由の馬鹿!!」
「馬鹿馬鹿言わないでよ!! 本当に勇一はガキだね、少しは大人になったらどうなの!!」
 勇一が木刀で胸の辺りを激しく突かれた。一瞬、勇一の動きが止まったけど、すぐに突いてきた奴を柄のなくなったデッキブラシで殴りかえした。
「お前の言う大人ってのは何だよ! 言いたい事を言わない奴か? 言えない奴か?」
「しっかり我慢できるって人だよ」
「そうやってなんでも我慢してると、いつか我慢しなくていいことまで、我慢しちゃいけないことまで我慢しちまうんだ! 無理してダサい大人になろうとしてどうすんだよ! 最高にかっこいい大人ってのはな、する必要のない我慢しねぇんだ。そんな意味のない我慢なんて言い訳でしかないんだよ!」
「違うよ、ちゃんと周りの事もよく見てさ――」
「――周り周りうるさいんだよ!! よく聞けよ! 言ってやるからな? すげーこと言ってやるからな?」
「何よ?」
「言うぞ? 良く聞けよ?」
「だから何よ?!」
「周りなんてなぁ、周りなんて関係ねぇ!! 自分と自分の好きな奴ら以外はどうだっていいんだ!!」
「なにそれ、超わがまま! だからみんなに嫌われるんだよ!」
 しまった! 売り言葉に買い言葉で酷いこと言ってしまった……、勇一が嫌われた原因は私とのことなのに……。
「あ、ごめ――」
「――ははっ、相変わらずすげーこと言うな? お前らしいよ! でも、もちろん納得いかないからな! 生き残って言い返してやる! だから、とりあえず、絶対生き残るんだ。わかったか!」
 勇一はなんだか吹っ切れているみたいだ。本当に馬鹿な人だ。
「おい真由、返事は?!」
「……わかったよ! 生きてやるから、私も生き残ってやる! 私だって勇一に文句あるんだからね!! かっこつけてずっと守るなんて言ったくせに、私の“クラスのみんなとも仲よくしたい”ってわがまま少しも許してくれなかったじゃない!」
「わがままにも限度があるんだよ! ばーか、馬鹿真由!!」
「もう、馬鹿馬鹿言わないでって言ったでしょ! 嫌な奴だね。大っ嫌い!!」
「最後の言葉は取り消せよ! 俺はすげーお前好きだぞ、てか、好きじゃきゃこんなにムカつくはずないだろ!!」
「……何その言い方! 普通に優しく好きって言えないの?」
「普通に優しく好きだったらそう言ってるよ。俺はな、マジでお前のことが頭がおかしくなるくらいムカつく上に好きだからこうなってんだよ!」
「信じられない。何それ? そんな言い方で私が喜ぶと思うの?」
 一人の男をデッキブラシだった棒で殴った。その棒はその衝撃で折れて半分飛んでいった。
「そんなこと知らねぇよ、俺には関係ないだろ? 俺はムカつくし、大好きなんだよ!!」
 勇一が折れて短くなった棒を目の前の奴に投げつけた。
 そして、私に覆いかぶさってきた。
「な、何?」
 後ろから何人も勇一を引き剥がそうとする。
……私を守ってくれているんだ。
 勇一の後頭部を木刀が襲った。血が髪の毛から垂れてくる。あんなので殴られたら死んじゃうよ……。
「……何よぉ、命がけで守りながら、ムカつくだの好きだの言わないでよぉ!!」
「命がけで守りたいくらい好きで尚且つムカつくんだ、だからこれは当然の行動だよ馬鹿!」
 そう言っている間にも勇一は殴られ続けている。
「勇一ぃ、もういいからぁ……」
「よくねぇ! なんもよくねぇぞ!! 生き残るんだよ!!」
 勇一の血が私の制服にボトボトと落ちてくる。さらに勇一の後頭部から鈍い音が聞こえてきた。そのあとでコンクリートの破片がぱらぱらと降ってくる。……ブロックだ。さっき飛んできたブロックで勇一が頭を殴られたんだ。
 勇一の噴き出した血が私の顔にまでかかってくる。見上げると勇一の顔は血で真っ赤だった。私の顔で涙と勇一の血が混ざる。
「お願い、本当にもういいから、私なんてほっといていいから! 勇一だけなら逃げられるかもしれないでしょ?」
「俺が嫌だって言ってんだろ! お前と生き残るって俺が決めたんだ。真由には関係ない!」
 勇一が大きな声でしゃべるたび私の顔には勇一の血が降ってくる。
「よし! 後はお前らだけだな!」
 勇一越しに丈太郎先生の声が聞こえた。

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